家紋・三階菱

照浪庵 小笠原流 煎茶

★ 2月の一口メモ  「茶の歴史」

「煎茶道の歴史」の前に 「茶の歴史」について少し整理してみます。

人類の茶との出会い

色々な説があり 確定することはむずかしいようですが 神話では紀元前2700年 食用 薬用 祭儀用として始まったとされます。

飲用になったのは

約2000年前とされます
陸羽の『茶経』によれば 唐代に普及が始まり 宋代で盛んになり 明代で現在の基礎ができたようです

陸羽 (730頃〜803)

『茶経』を著わし 現在も茶聖 茶祖などと言われます
 ( お茶屋さんに昔の中国人の人物画が掛けてあれば それは陸羽です )
 捨て子であったのを僧に拾われ寺で育ち その寺で茶を知ります
 後に寺を出て放浪しますが その聡明さと努力で 詩人 書家 史学家としても名をなします

『茶経』

茶の百科事典のようなもので バイブル的な書物です
中唐の玄宗皇帝の頃 茶は大いに普及していきますが その頃に著わされました
〔 大量の生産 茶年貢の制度 茶の売買に伴う税金 〕
まず“茶”という呼び方を統一(それまでは色々な言い方をしていた)
茶の製法 産地 保存法 茶器の制作など茶に関する知識や道具 技術を集大成しました
『茶経』は民衆にも茶の実用書として広まり いよいよ飲茶の風習は一般化していくことになります

茶の変遷

・  三国以前 ・・・  茶葉をそのまま煮て飲む
( 保存には天日に干して乾燥 )
・  魏 晉以降 ・・・  乾燥させた茶葉を圧搾して固形に
( 飲む時には 粉にして )
・  隋 唐以降 ・・・  そのまま煮るより餅茶(抹茶)が主流に
( ねぎ 生姜 ナツメ ミカンの皮 はっかなどを混ぜる風習があり 陸羽はこれを否定 )
・  宋 ・・・  “団茶”( 餅茶と同じく固形であるが より細かくなる )
・  明 ・・・  葉茶

中国で抹茶は衰亡

貢茶は770年に始まりますが どんどん上質で繊細なものを求めるようになり 明の洪武帝が質素を推奨する意味で 団茶での貢茶を禁止し“葉茶”のままになります
この葉茶は“釜炒り茶”になり ウーロン茶として今も続きます
結果 中国から抹茶は姿を消すことになりました

日本へ

留学僧として宋に渡った栄西(帰朝後臨済宗の開山となる)により禅風の喫茶法が持ち帰られ まず薬として広まっていきます

来月の一口メモは「煎茶道の歴史」の予定です

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