家紋・三階菱

照浪庵 小笠原流 煎茶

★ 4月の一口メモ  「煎茶人T 高遊外売茶翁」

煎茶を語るのに忘れてはならない人の一人が 全回に登場した黄檗山開山の隠元禅師でした 次にもう一人の大事な人物である 高遊外売茶翁について

どんな人?

1675年鍋島藩(佐賀県)の御典医の子として生まれました
8歳で父と死別し 11歳で寺に入り12歳で得度を受け僧となります
〔 月海元昭と名乗ります 〕
13歳の時師の化霖に連れられて黄檗山万福寺に行き獨湛にもその非凡を認められたといいますから賢い子供だったのでしょうね
20代から30代には厳しい修行に励んだそうです
師化霖が亡くなり後を法弟に譲り また母も亡くなったため自由となり京へ上り還俗(僧から俗人に戻る)します
茶店『通仙亭』を設け 喫茶稼業に入り名前通り茶売り老人の“売茶翁”となり姓も高遊外と名乗ります
81歳で茶の道具を焼き隠居(?)
89歳で大往生

青茶と売茶翁

当時の庶民が口にしていた茶は 古い葉も新しい葉も一緒くたに摘んで 炒る 煮る 蒸すなどの後 天日で乾燥させるという方法で作られていましたが 永谷宗円が“青茶”と言われる緑茶を発明しました
1942年売茶翁が67歳の時宗円を訪れ以後この青茶を売ることになります
cf 永谷宗円(宗七郎)は テレビのコマーシャルでお馴染みの‘永谷園’の創始者

伊藤若冲(1716〜1800)と売茶翁

二人の年令差は40歳以上ですが 奇人とか変人とか言われる天才二人は気が合ったようです 若冲の描いた翁の像が残っていますが 鋭いけれど 魅力的はおじいさんに描かれています

他の売茶翁

売茶とは文字通り茶を売ることで 室町時代の初め僧が往来の人々に茶を施したのが起こりと言われます
ただ‘売茶翁’と言えば高遊外売茶翁ですが この高遊外売茶翁を慕って同じく売茶翁を名乗ったあと二人の翁がいます
八橋売茶翁と 東牛来観売茶翁
三人とも宗派は違いますが禅宗の僧であったのは興味深いです
まだまだたくさんの煎茶を愛した人々がいますが 今回は一人だけにして
来月「煎茶人U」で続けます

来月の一口メモは「煎茶人U」の予定です

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