家紋・三階菱

照浪庵 小笠原流 煎茶

★ 5月の一口メモ  「煎茶人U」

前回に続いて 煎茶人と言われる人々について

忘れてはいけないもう一人

石川丈山(1583〜1672)
代々徳川家に仕える家に生まれ 家康にも目をかけられますが 関ヶ原の合戦の時  禁止されていた“抜け駆け”を犯したとして免職となります
浪人して京の藤原惺窩(セイカ)の弟子となります その後仕官もしますが辞して後は京に戻り東山に“詩仙堂”を建てて隠居し 90歳で没するまで煎茶を友として過ごしました
この人を煎茶の始祖とする考えもあります
詩仙堂 ・・・ 中国歴代の詩人36人を選んで‘三十六歌仙’とし
その肖像画を狩野探幽に描かせて堂内の壁面に掲げた
藤原惺窩・・・ 僧であったが儒者へと転向  近世儒学の祖とされる
朱子学に注目した家康に請われるが断り隠棲したことは有名

最初の煎茶書 『青湾茶話』(セイワンサワ)

大江流芳によって刊行されました(1756)
cf 青湾 = 淀川
大阪出身の香道家として知られます
上田秋成も影響を受け 後に『清風瑣言』を著すことになります

拗ね人の代表(?)上田秋成

国学者としてもまた『雨月物語』を著した小説家として有名ですが 実は煎茶を愛し深い精神性を追求した人でもあります  出来上がった「茶の湯」への反旗としての煎茶でありました
今日我が国の代表的煎茶書と言われる『清風瑣言』を刊行(1794)

文人界のパトロン木村蒹葭堂(ケンカドウ)

上田秋成の友人であった彼が秋成に煎茶を紹介したようです
大阪で大きく商売をし 売茶翁伝来の茶器の収集家としても知られます

画家

文人と言われる人たちによって広まった煎茶ですが 文人とは教養人つまり
絵 字 詩(漢詩)に堪能な人を指すようです
cf 文人・・・元々は士大夫と言われる中国宋代の支配者階級のうち知識人をさす
・ 田能村竹田
・ 池大雅
・ 与謝蕪村
・ 浦上玉堂    等々

幕末の尊皇攘夷運動に大きな影響の『日本外史』

頼山陽によって著されたこの本はあまりに有名ですが 彼も煎茶の愛好家でした
田能村竹田との交友は広く知られているところです

近代最大の巨匠 富岡鉄斎

安政の大獄で長崎に逃れた彼も煎茶を愛した一人でした
明清以来の南宋文人画の集大成をし 文人画の芸術性を認めさせたともいえるでしょう
『鉄荘茶譜』の著があります
他にもたくさんありますが このへんで

来月の一口メモは「煎茶の茶室」の予定です

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