家紋・三階菱

照浪庵 小笠原流 煎茶

流儀の紹介

 照浪庵小笠原流煎茶は、小笠原流礼法を取り入れた煎茶の流儀です。“小笠原流礼法”というのは多くの人が認めるところ、古く室町時代以前から続く作法の元祖のような存在であります。
 明治時代には政府によって学校教育にも取り入れられ、日本人の行儀作法に大きな影響を与えております。
照浪庵小笠原流煎茶は、昭和4年藤浪道哉が師である十七世家元下西道秋氏より「水引 折紙 煎茶」を譲リ受けました。
 藤浪道哉は明治17年兵庫県に生まれ、京都府立第一高等学校を卒業し、女性の社会活動が難しかった時代に日本国内はもとより中国大陸にも活動の場を広げておりました。
 小笠原流煎茶の中興の祖として照浪庵を立ち上げ「日本禮道」の礼法を基本に現在の煎茶道を築き上げました。
昭和39年道哉没後は十九世があとを引き継ぎ、平成7年には二十世がと続いております。
 古くから引き継がれてきたものをきっちりと次世代へ繋げていくこと、そしてゆとりのある豊かな時間をもつために煎茶をともに楽しみ、深めていきたいと願っております。


照浪庵小笠原流の歩み

昭和3年 藤浪道哉 名古屋徳川園にて徳川義親公より“小笠原煎茶”を普及させるよう命を受ける。
昭和4年 道哉 第十七世下西道秋氏より「折紙 水引 煎茶」十八世を指名される。
昭和9年 道哉 水引細工「播州白鷺城模型額面」を昭和天皇に献上。
昭和10年 道哉 第一回『道の栞』発行[国会図書館に内蔵]
昭和13年 道哉 名古屋中区に「礼道塾」開講
昭和22年 道哉 昭和天皇が姫路行幸の際献茶及び御食事接待 於旧公会堂
昭和22年 道哉 姫路茶華道会を発足
昭和34年 道哉 姫路煎茶会(昭和44年までは‘三流会’)を発足
昭和39年 道哉没をうけて藤浪道静が十九世を継承
昭和39年 藤浪道哉墓碑開眼式並びに供養茶会 於知宝寺
昭和41年 道静 奈良西大寺千二百年祭記念茶会 於西大寺
昭和51年 道静 生駒山宝山寺信徒会館落成記念茶会 於宝山寺
昭和59年 道静 献茶 於姫路総社
昭和60年 畑道智 奈良唐招提寺塔頭西方院本堂落慶記念法要献茶
昭和60年 藤浪道芳(二十世姉)ユニバーシアード神戸大会において皇太子御夫妻にお茶のお接待
平成7年 畑道智 第二十世継承
平成13年 道智 奈良文化協会加盟
平成15年 道智 奈良国立博物館『結の会』加盟

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